ある日、一人暮らしの85歳の女性が来院。
なんと、50年間入れ歯が外れないという。
50年間、外れない入れ歯
「娘が生まれてから、入れ歯を外したことがありません。」
言葉を疑うような85歳女性が歯科医院に来院した。
30代で出産したと計算しても、入れ歯(義歯)を50年間入れたままという事になる。
唇の腫れに異常を感じた親戚の方が、その一人暮らしの女性を無理やり連れてきたというのが経緯。
本人が、特に不便さを訴えて来院したわけではなかった。
おそらく本人にとってはありがた迷惑な話で、このままでも良いと内心思っていたかもしれない。
50年間「外さない」かもしれないが、これは外そうとしても「外れない」と言った方が正しい状態であった。
その口の中は・・・
口の中の状態は、上には歯が1本もないが入れ歯は入れていない(上顎無歯顎・総義歯なし)。
下の顎は、入れ歯を入れた時には歯が2本残ってあったが今は抜け落ちている状態(製作時、下顎両犬歯鉤歯の部分義歯・現在無歯顎)。
そのため、入れ歯を押さえれるために付けたバネ(キャストクラスプ)が唇に刺さっている。
クワガタムシのツノの様に、左右両側からバネが唇を挟み込むように刺さっているため、入れ歯は逆に安定している。
それにしても50年間、義歯を外さないとはどうしても信じられない。
しかもそんなに前の話となると、私の父が作った入れ歯の可能性も出てくる。
本当に30代から入れ歯だったのかも疑問であるため、何度か確認を試みた。
娘が生まれてから子育てが忙しくなり、入れ歯をついつい外さないでいた。
気付いた時には外れなくなったという事らしい。
グラグラだった上下の歯は自然に抜け落ち、一本もなくなったと言っている。
さらに「なんの不便も感じないので、このままでもいい」とやっぱりというか、驚きの証言もした。
【観覧注意】50年間、口の中に入れたままの入れ歯の写真(以下クリック)
それほどショッキングではありませんが、苦手な人はスルーして下さい。
いよいよ、その義歯の除去
この入れ歯を取り出すのには、意外と時間がかかった。
入れ歯を押さえるバネは、細い針金(ワイヤークラスプ)ではなく金属で頑丈に作られていた(キャストクラスプ)。(参考イメージ)
(参考イメージ)
左図:細い針金のバネ(ワイヤークラスプ)
右図:太い金属のバネ(キャストクラスプ)
ペンチ(ワイヤーカッター)では切れないし、切れたとしてもその衝撃で粘膜を傷つける恐れがあった。
歯を削る道具(エアータービン)で切断するしかなかったが、回転するドリルの先でバネがめり込んでいる粘膜を巻き込んでしまう可能性もあった。
しかも、切断した破片を見失うと大変な事になる。
腫れた口唇の粘膜の中まで探さなければならないからだ。
付き添いの親戚の方に治療説明をして、いざ開始。
歯科衛生士にピンセットで右のバネを保持しつつ、口唇を圧排してもらった。
また、あいているもう一方の手で、入れ歯を固定してもらった。
私は内心ひやひやしながら注意深く切断した。
左側のバネは見えないほど口唇にめり込んでいたため、切断せずにそのまま入れ歯を外そうとしたが甘い考えであった。
歯科関係者の方は想像できると思うが、キャストクラスプの形から入れ歯が外れる三次元的回転方向にひねる場合、口の中は狭すぎる。
なんとか回転させているうちに、入れ歯が外れた。
外れた瞬間、付き添いの方がワーという歓声と一緒に拍手をしていた。
口唇からの出血はなかった。耳のピアスの穴の様(上皮化)になっていたためである。
【観覧注意】入れ歯を取った口の中の写真(以下クリック)
それほどショッキングではありませんが、苦手な人はスルーして下さい。
最後に
入れ歯が再び外れなくなると困るので、もう片方のバネも切断し綺麗に研磨した。
「腫れが引いたら新しい入れ歯をつくりましょう」と説明したが、本人は「はい、はい」と返事をするものの、このままでよいような雰囲気を出していた。
「インターネットに写真を出していいですか」と聞いた時も、「はい、はい」と言っていたが、どの程度理解しているかは疑問であった。
案の定、予約の時に患者さんは来なかった。
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